背景
ある生命保険会社の資産運用を行う部署において、有価証券管理に係る基幹システムの基盤の保守が2年半後に終了することになったことを受け、新システムへの刷新プロジェクトが立ち上がりました。このシステムでは、基盤の保守が切れること以外にも、例えば、システム自体の老朽化によるパフォーマンス低下、操作性の悪化などの課題が顕在化していました。
このため、このプロジェクトでは、基盤のクラウド環境への移行以外にもアプリケーションの刷新、それに伴う新ユーザーインターフェースでの業務習熟も求められました。
基盤の保守切れという、延長しづらい期限がある中で、アプリケーションの刷新とそれに伴う業務面の移行も伴う必要があること、また、当時は同保険会社の同部署では、クラウド基盤に関する知見も十分になかったことから、難易度の高いプロジェクトになりました。
プロセス
基盤方式検討期の技術評価とリスク管理
私がプロジェクトに参画したのは構想フェーズという基盤方式を検討している時期で、システム開発部門の全体推進役兼PMOとしてのポジションでした。参画当初の最大の課題は、クラウド移行の技術的実現性評価でした。基幹システムでのクラウド利用実績がなく、社内に専門知識を持つ人材もいない状況であったため、実現性の評価が難しかったのです。
ベンダーからクラウドの基盤構成案は出てきてはいましたが、構想フェーズ後半になっても技術的詳細が不明確で、性能・可用性・セキュリティの要求を満たせるかの判断ができませんでした。そこで、有識者を別途調達してベンダー提案の詳細評価を実施し、既存要求との適合性の分析を行いました。さらに、当初計画にはなかったPOC(概念実証)を追加し、西日本・東日本リージョンを使用した実環境での性能検証まで実施しました。
この徹底的な検証により、基盤方式を決定する会議の数日前という土壇場でようやく最終的な方式が決まりました。妥協せずに技術的検証を実施したことで、後続フェーズでのリスクを大幅に軽減し、確実な基盤を構築するベースを築くことができたと思います。
大規模チーム運営期の品質管理と進捗統制
要件定義以降では、ベンダー側50名、社内数十名という大規模なプロジェクト体制での全体推進を担いました。複数領域(インフラ、アプリ、テスト、移行)が同時に作業する中での、統合的なマネジメントができるかどうかが、最大の課題でした。
当初はベンダー側の作業品質にばらつきがあり、メール送付遅れ、議事録記載不備、チーム間の情報連携漏れなどが頻発していました。そこで、コミュニケーションルールの整備から開始し、各領域別の検討会議体を設定し、進捗報告・課題管理・要件定義内容のやり取りを標準化しました。品質向上のため、口頭だけでなく、文書においても改善指導を行うなどして、プロジェクト関係者間の緊張感を維持するような取り組みを行いました。
長期に渡るプロジェクトでの緊張感の維持というのは難しい側面がありましたが、リリースに至るまで定期的に改善指導を行うことで、プロジェクト品質を高水準で維持することができたと思います。結果として、オンスケでプロジェクトが進行できました。
テスト工程期の性能目標達成と最終統合
テスト工程では、性能・操作性改善という、プロジェクトのミッションの達成が最重要テーマでした。ベンダーは控えめな性能目標(20%改善)を提示していましたが、ユーザーは体感で実感できるような、大幅な性能改善を期待しており、目標設定で激しい攻防がありました。全体20%改善に加え、重要な画面については、2秒以内のレスポンスとするなどの個別の目標を設定するなどして、現実的な落としどころを探りました。また、通常の総合テスト前に統合テスト段階でのユーザー確認期間を設けることで、性能面・使い勝手面の早期検証を行い、さらに、テスト期間中はベンダーによる業務部門常駐サポートを手配するなどして、新UI習熟と質問対応の両面でユーザー支援を行いました。
早期の確認により要件漏れや画面文字サイズ問題なども事前発見でき、また常駐サポートによって小さな問題のうちにつぶしこむことができ、大きな問題に発展することを防ぐことができました。これらの取り組みの結果として、ユーザー要求を上回る性能改善と、スムーズな業務移行を実現することができました。
結果
当初の目標通り、保守切れ前に、オンスケで、新システム刷新と業務移行を完了することができました。クラウド移行・アプリケーション刷新・業務効率改善の3つの目標を全て達成し、特に性能面ではユーザーの期待を上回る改善を実現できました。これは初期段階で、リスクの潰しこみを徹底したことと、大規模なプロジェクト体制における作業品質の統制、そしてテスト段階での厳格な品質管理やユーザー部門の徹底したサポートによる成果と言えると思います。
プロジェクトの成功要因として、以下の点が挙げられます。
- 初期リスクの徹底管理:技術的不確実性をPOCで検証し、後続フェーズでのリスクをコントロールしたこと。
- 大規模プロジェクト体制での作業品質統制:ルール整備と継続的改善指導により、長期にわたり、高い作業品質を維持したこと。
- ユーザー要求への真摯な対応:性能目標設定での妥協を避け、ユーザー期待に応える成果を追求したこと。
最重要テーマであった性能面でユーザ要求以上の改善が見られたこともあり利用者の評判も良く、リリース後にもほとんどトラブルがないことから、大きな成功を収めたプロジェクトとして評価をいただきました。
ベンダーには厳しい改善指導を出したこともありましたが、達成感に満たされた空気で最後のMTGを終え笑顔で解散できたこと、お客様からもJQさんがいて良かったと評価をいただけたことは最大の喜びでした。このプロジェクトで得た大規模クラウド移行とユーザー要求実現の知見は、今後の類似プロジェクトにおいても大いに活かせるものとなりました。