外部依存を避け、内製志向でガバナンスを重視し、持続可能なシステム運営を目指す明治安田生命保険

柴田:
資産運用システムグループのミッションや業務内容についてお聞かせください。
髙木氏:
私たち資産運用システムグループでは、経営計画やビジネスニーズ、システムアーキテクチャの進化などに対応する、投資対効果の高いシステムを開発することを主なミッションとしています。保険会社である弊社は、個人保険や企業保険など幅広い商品を扱っていますが、債券や株式、貸付金、不動産等に分散投資をする資産運用についても成長戦略の重要な柱と位置づけ、資産運用の高度化・多様化を目指しています。 そして、それらの資産運用に関わる業務を支えるさまざまなシステム、サービスの構築と運用を我々が担っています。ご契約者(相互会社における社員。以下、お客さま)に対して「確かな安心を、いつまでも」をお届けするという使命のもと、資産運用システムグループは、安定的で持続性のある資産運用を実現するためのシステム開発、保守・運用業務に取り組んでいます。
柴田:
生命保険業界全体を俯瞰してみても、明治安田生命保険は内製化志向が強く、プロパー職員の割合が高いように感じます。内製化志向の背景についてお聞かせください。
髙木氏:
情報システム部門のプロパー職員数は、たしかに業界でも多い方だと思います。IT専門の知識や実績を持つ職員が社内に多数在籍している点は、私たちの強みですね。規模が大きい開発プロジェクトではマルチベンダー体制を構築し、外部の協力会社と協働していますが、トラブルの深刻化を避けるため、自社でコントロールできる体制にこだわってきました。
大事なのは「ガバナンスが効いているかどうか」であり、プロジェクト運営を外部に丸投げすることはありません。意思決定の肝となる部分には必ず私たち職員が関わり、責任を持って進めています。
柴田:
日々のプロジェクトマネジメントで、どのような考え方を重視されていますか?
髙木氏:
納期や締め切りを絶対視するのではなく、プロジェクトの進捗やリソース状況を踏まえつつ、QCDのバランスを柔軟に調整する姿勢で取り組んできました。そのため、基本計画や要件定義段階での合意形成を重視し、トラブルを未然に防ぐためにあらかじめ想定されるリスクを早期に排除することを意識しています。
また、働き方の面でも夜間のメール送信や会議開催を制限し、実際に20時以降は業務を終えることを推奨しています。結果として、協力会社を含めたチーム全体の働く環境が改善されつつ、高い品質水準でプロジェクトを遂行できていると考えています。
難易度が高まるプロジェクトマネジメントに専門家の力を。求められたのは伴走型のPMO

柴田:
資産運用システムグループが担っているプロジェクトの概要と傾向について教えてください。
髙木氏:
生命保険は金融システムの一部であり、品質・セキュリティ基準は非常に厳格です。保険会社として、金融市場参加者として順守すべき法令・規制に加えて、FISC (金融情報システムセンター)が策定している情報システム・セキュリティのガイドラインがあり、必然的に「抑えねばならない項目」が多くなります。
そのため、テストやデータ・システム移行については、稼働後の障害発生数を最小化すべく、期間と工数が、一般的な業界の感覚比で1.5倍程度必要となることも少なくありません。
現在10以上の案件が同時並行で進行しており、全体の予算ベースで30億円以上の規模となります
柴田:
外部の協力パートナーによる、プロジェクトマネジメント支援が必要になった背景を教えてください。
髙木氏:
まず挙げられるのは、情報システム部門が取り組む領域が拡大したことによって、自社職員の限られたリソースとノウハウだけでは、プロジェクトマネジメント全体を賄い切れなくなってきたことです。たとえば、従来はオンプレ中心のシステム構築だけでしたが、今ではクラウドシフトやSaaS導入、さらにはアジャイル開発も取り入れなければならず、「プロジェクト」のあり方が多様化しています。
こうした多様化に対応し、専門分野ごとに最善のシステムを構築するには、各専門分野に強みを持つ協力会社と協業し、マルチベンダー体制を構築することが必要不可欠です。しかし、専門分野ごとに高度な技術者を各社から迎えるほどワンチームとしてプロジェクトマネジメントの運営をする難易度は高まっていきます。
さらに、資産運用システムグループで優秀なプロジェクトマネージャー(以下、プロマネ)を育成することも課題でした。規模が大きい案件を複数抱える環境においては、QCDバランスを柔軟に調整するスキルがプロマネには求められます。プロジェクトマネジメントの実務は座学だけでは身につかないため、プロマネを育成するためのより実践的な環境に早いうちからアサインして経験を積ませる必要があります。こうした背景から、伴走型で支援してくださる専門家の協力が必要と判断しました。
実践力と実際的な知見を高く評価。実績で信頼関係を築き、高難度案件を支援

柴田:
プロジェクトマネジメントの協力パートナーには、どのような要素を求めていましたか。
髙木氏:
システム開発の多様化が進む現在、プロジェクトマネジメントは完全に専門職の領域だと考えています。知識やベストプラクティスが体系化された「PMBOK®(プロジェクトマネジメント知識体系ガイド)」もありますが、この内容を理解し、さらに現場で使いこなせる人材は非常に限られています。協力いただくプロジェクトマネジメントの専門家には、「PMBOK®」を当然のように理解し、さまざまな案件に合わせてマネジメントできる実践力を求めていました。
下田:
ご指摘の通り、「PMBOK®」はあくまで体系であり、プロジェクトにおけるシステム・体制・プロセスの特性、前提条件や制約条件に合わせていかにマネジメントしていくかは書かれていません。私たちJQでは、プロジェクトの特性にあわせたマネジメント方法論を構築し、また失敗例を含めたナレッジを蓄積し、実践的に対応できるようにしています。多様化する登場人物、たとえばクラウド事業者、パッケージベンダー、AIエンジニアなど、それぞれ知識やリテラシー、開発のやり方も異なります。そのギャップを調整し、まとめることがプロマネの役割であると考えています。
柴田:
プロジェクトマネジメントの協力パートナーの比較検討は、どのように実施されましたか。
髙木氏:
弊社は内製化を志向してきた背景があり、パッケージの開発元ベンダーを除き、大手コンサルティングファームに依頼する選択肢はありませんでした。JQ社には大規模プロジェクトの立ち上げから関わっていただき、最初はスモールスタートで運営ルールの整備を一緒に行いました。その後はユーザ部門に常駐し、ビジネスアナリスト的な役割を担っていただくなど、少しずつ関与いただく範囲が拡大してきました。
JQ社は弊社に合わせたプロジェクトマネジメントの方法論のテーラリングがとても巧みで、PDCAを着実に回しながら、弊社独自のマネジメント手法を共に育ててきた印象です。だからこそ、社内でも高難度の案件を任せられる組織だと評価されているのだと思います。信頼関係を積み上げながら、結果的に多くの案件でプロジェクトマネジメント支援を依頼するようになりました。
柴田:
プロジェクトマネジメントに携わったことがない方からPMOの存在意義や価値を疑問視されることも、少なくありません。弊社との取組みに対する社内合意の形成で苦労されたことはありましたか。
髙木氏:
以前の協力会社からJQ社への移行に際して、特段のトラブルはありませんでした。資産運用システムグループの中で実績を重ねていたため、社内決裁もスムーズでしたね。
ただし全社的な規模のプロジェクトになると「JQとはどのような会社か」と聞かれることもあるため、その際は関係者に丁寧に説明しています。「パッケージやクラウド導入をPMOとして成功させてきた高い実績を持つ組織」として社内に説明し、上層部から理解を得られるように意識しています。
50超の案件から得られた経験をプロジェクト管理標準に集約。リスクを前倒してトラブルを予防

柴田:
これまで弊社とは、4年ほど前から50以上のプロジェクトに取り組んできました。取り組み全体を通じて、特に印象に残っている点をお聞かせください。
髙木氏:
JQ社との取り組みの特徴は、高い完成度の「プロジェクト管理標準」を策定、運用している点です。このプロジェクト運営ルールには、各種プロジェクト管理の運営ルールやフォーマットだけでなく、過去案件で発生したトラブルやその分析から得られた、トラブルの芽を摘むためのルールなどが網羅されています。プロジェクトマネジメントの教科書である「PMBOK®」を下敷きに、実案件の成功例・失敗例や、そこから得られたナレッジを数年かけて反映し続けてきました。
さらにプロジェクトマネジメントの専門家として、JQ社が他社案件から得られたノウハウを匿名化、抽象化したものも取り込んでおり、ほとんどのトラブルパターンを網羅するレベルにまで磨き込まれています。そのため、どの段階で何を準備し、何を確認すべきかが明確になり、先手を打ちながらプロジェクトを前に進めることができています。
柴田:
グループマネージャーとして髙木様は多くの案件を抱えており、実際に常時10以上の案件を管理されています。弊社の支援が特にお役に立っているポイントをお聞かせください。
髙木氏:
プロジェクトごとにWBSを作成し、それぞれに1,000〜3,000件ほどのタスクが並んでいます。これらをすべて把握して優先度やリスク度を判断しようとすると、それだけで膨大な時間と手間がかかってしまいます。そこで役に立っているのが、JQ社が作成するサマリレポートです。このレポートは週次で作成いただいており、タスク遅延数、テスト消化率、障害消化率、それらの先週比などが横並びで可視化されています。おかげで全体状況を手に取るように把握でき、プロジェクトの成功に向けてPMとより本質的な対話ができています。
また、WBS自体もJQ社に高度化していただきました。現在のWBSでは、工程ごとの共通・汎用タスクが雛形として6階層まで設計されており、メンテナンス時に階層間の整合性が崩れると自動でエラー・警告が出る仕組みとなっています。タスクとその状況が正しく可視化されているおかげで、トラブル発生時に各PMが、トラブル報告のための資料を別途作成する必要がなくなり、トラブルを乗り越えるためのアクションに時間を割けられるようになっています。
柴田:
直近の取り組みの中で、どのようなプロジェクトが印象に残っていますか。
髙木氏:
基本的にほとんどのプロジェクトで、プロジェクトマネジメントがしっかり機能しています。そのため、大きなトラブルになる前にその兆しを見つけて先手を打てているので、大きなトラブルを劇的にリカバリーしたようなエピソードがほぼありません。
それでも一つ例を挙げると、資産運用システムグループが途中から支援に入ったプロジェクトのエピソードがあります。基本計画~要件定義の品質面に懸念がある状況で、さらに後日に大きな見積もりミスが発覚したことから、テコ入れとして私のグループとJQ社が工程途中から参画した案件でした。参画以降は、進捗の報告やタスク管理の粒度を含めた運営様式を我々の運営様式に転換し、内部設計で設計すべき事柄を外部設計に前倒しする、ST(System Test)で確認する内容をより前段(IT)で消し込むようにするなど、リスクを前倒しで処理するような進め方を徹底した結果、驚くほどバグの少ないシステムをリリースすることができました。おかげでユーザ部門からも「バグが少なく、品質が高い」と評価されています。
プロジェクト品質の向上のみならず、自社の若手PMの育成にも貢献

柴田:
弊社のプロジェクトマネジメント支援によって得られた成果についてお聞かせください。
髙木氏:
プロジェクトマネジメントが明らかに洗練され、あらゆる開発パターンに通用する「勝ちパターン」を確立できたことが最大の成果です。現場では要件定義やテストを推進するうえでJQ社が強力な外部パートナーとして高く評価されており、以前と比べてもユーザ部門とシステム部門の関係性も良好になりました。実際にユーザ部門からは「JQ社がいないと困る」という声を多くいただきます。
もう一つはプロマネ育成の成果があります。具体的には若手プロマネが戦力化するまでの期間が短くなっていると感じます。4年ほど直接関わることがなかった若手プロマネの一人と、最近久しぶりに案件で一緒になったのですが、JQ社とプロジェクトマネジメントを経験したことで一人前のプロマネになっており、業務の中でその成長を実感しました。たとえば遅延や課題が生じた際に、ベンダー側の説明をそのまま報告するのではなく、「なぜ起きたのか」「どう解決するのか」を自分の考えや言葉で語り、意思決定を下す自覚と責任感が定着しているように感じています。
柴田:
金融業界ならではの厳格な品質・セキュリティ基準の高難度案件では、どのようにお役に立てたでしょうか。
髙木氏:
業界の要求水準を踏まえ、「プロジェクト管理標準」にすべて落とし込んでいただきました。案件規模や難易度に応じて適用レベルを自動的に振り分け、どのような管理体制と報告が必要かを事前にチェックリストで定義する仕組みを整えていただきました。管理者に指示されてPMが動くのではなく、「プロジェクト管理標準」に基づいて必要なことを事前に設計できています。
また、この「プロジェクト管理標準」には想定されうる失敗パターンとその対処方法が網羅されています。若手プロマネには「若手のうちに起こり得るミスのすべては、対処手段があらかじめ整っている。だから、もしトラブルがあったとしても、隠さずに報告するように」と伝えています。結果としてチーム内の心理的安全性が確保され、予期せぬ事態に振り回されることはなくなっています。
下田:
ご契約当時から全体PMOを担当している柴田は、懸念がある箇所については、テスト工程の発生障害の中身だけでなくエンジニアのチャットやメールのやり取りのすべてを読み込み、不具合や障害の芽が生まれていないか一件ずつ隙間時間にキャッチアップしています。定量的な集計結果からは見えなくても、定性的な現場の声の中にトラブルのきっかけが潜んでいることも少なくありません。通常であれば若手に任せる地道な作業ですが、柴田は過去の経験をもとに内容を理解し、どの機能にどの程度のリスクがあるのかを見極めているからこそ、今回の取り組みにおいてもトラブルを未然に防げているのではないかと考えています。
防火的かつ遊撃的なPMOとして、全社的に成功体験を広げていきたい

柴田:
昨今取り組んでいるプロジェクトは、どのように変化していますか。
髙木氏:
DXの進展に伴い、システム開発の要望は多様化・高度化しています。10年前と比べるとIT投資額は2~3倍に膨らみ、開発体制の強化が中期経営計画の大きなテーマになっています。人員も年々増やしていますが、それでもニーズに追いついていません。従来は事務効率化が目的でしたが、今はシステムがビジネスそのものを形作る存在となり、さらにAI活用の広がりも加わって、応えきれないほどの要望が押し寄せているのが現状です。
柴田:
資産運用システムグループとしての展望をお聞かせください。
髙木氏:
法令や規制、市場の影響を強く受ける生命保険業界で今後も事業を継続していくためには、引き続きシステムの内製化体制を強化していく必要があります。弊社では現在、人材の厚みを生かし、開発体力を現在の1.5倍程度まで引き上げる計画を進めています。そのためにも、プロジェクトマネジメントの専門家としてJQ社には幅広くご支援をお願いしたいですね。
社内に向けた展望としては、資産運用システムグループとJQ社が磨いてきた「プロジェクト管理標準」の型を広めていきたいと考えています。プロジェクトの立ち上げとルール作りを先回りして支援し、トラブル化を未然に防ぐ防火的かつ遊撃的な社内PMOとして、困っている現場に入り、成功体験を積み上げていく状態を目指したいですね。全社のプロジェクト品質の底上げが、最終的なゴールです。
柴田:
最後に読者へのメッセージをお願いします。
髙木氏:
プロジェクトマネジメントは奥深く、難易度も高い専門領域ですので、「餅は餅屋」としてプロに頼るべきでしょう。自分で進捗やリスクをしっかり管理しているつもりでも、実際には十分に機能していないケースも散見されます。部下に「オンスケで進んでいるか」と尋ねることは進捗管理とは言いません。反対に、自分たちでプロジェクトをコントロールせず、すべてを外部に丸投げするだけでは、それはそれで失敗する可能性が高くなると思います。
プロジェクトマネジメントの打ち手として有効なのは、JQ社のように信頼できる外部パートナーを見つけ、一緒に汗をかきながら内製化力を高めることだと考えています。
下田:
ありがとうございました。