背景
ある共済会社が、変化する規制環境に対応するため、生命保険会社へと事業モデルを転換することになりました。これは、単なる社名変更ではなく、事業構造の抜本的な改革を伴うものでした。従来のネットワークビジネスモデルと現金取引中心の運営からの脱却を図り、販売戦略、契約管理、支払い基準など、あらゆる側面で見直しを迫られました。特に、顧客データ管理や資金運用に関する法規制への準拠が喫緊の課題となり、これらの変革を支える基幹システムの再構築が急務となりました。
プロジェクトの最大の目標は、2年後に迫る生命保険会社としての事業開始に間に合わせることにありました。限られた期間内に、新たな業務プロセスを設計し、それを支える高品質なシステムを構築し、現場担当者への円滑な移行を実現する必要がありました。タイトなスケジュールと大規模な変更への対応は、プロジェクトチームにとって大きな挑戦となりました。このプロジェクトの成功は、会社全体の将来を左右する重要な意味を持っていました。
プロセス
プロセス1:業界知識獲得と信頼関係構築
プロジェクト初期は、生命保険業界に関する知識不足という壁に直面しました。参画したコンサルタントは、生命保険業界の専門用語や代理店システムの仕組みを基礎から学ぶ必要がありました。保険商品の窓口に直接足を運び、顧客目線でのサービス理解に努めました。並行して、外部システムとの連携部分など、比較的理解しやすい領域から着手し、プロジェクト全体像の把握を進めました。
この段階では、クライアントの担当者との信頼関係を築くことも重要な課題でした。当初は業界知識の不足を懸念されましたが、現場での業務理解を深め、的確な質問や建設的な提案を行うことで、徐々に信頼を獲得していきました。特に、口頭で伝えられた曖昧な要件を明確な文書に落とし込む能力が高く評価され、クライアントと開発ベンダー間のコミュニケーションを円滑に進める上で重要な役割を果たしました。
このプロセスを通じて、プロジェクト全体の構造、主要な関係者間の連携、重要な業務フローを理解し、その後のプロジェクト管理の基盤を構築しました。早期に築かれた信頼関係は、後に困難な局面に直面した際にも、スムーズな意思決定と調整を可能にする大きな力となりました。
プロセス2:代理店管理システムの推進
代理店管理システムの開発においては、クライアント側のPMOとして、ベンダー管理と品質確保に注力しました。設計書のレビューを通じて、業務要件が正確に反映されているか、各設計書間で整合性が取れているかを厳密にチェックしました。進捗管理においても、ベンダーからの報告を鵜呑みにするのではなく、実際の成果物を確認し、必要に応じて修正を依頼するなど、厳格な管理体制を維持しました。
その結果、大手ベンダーであっても、進捗報告の精度や品質管理に課題があることが明らかになりました。例えば、進捗率80%と報告されたにも関わらず、実際の設計書に内容が記載されていないケースが発覚し、ベンダーの責任者に改善を強く要請しました。
同時に、クライアント側の業務要件の曖昧さにも対応しました。口頭で説明された複雑な業務ロジック(例:代理店への手数料計算方法)を整理し、文書化することで、ベンダーとの認識の齟齬を防ぎ、開発品質の向上に貢献しました。これらの取り組みによって、当初遅延傾向にあったプロジェクトの進捗を軌道修正し、高い品質を維持しながら開発を進めることができました。
プロセス3:全体統括とテストフェーズ管理
プロジェクト後半では、代理店管理システムに加え、契約管理システムを含む全体のPMO、特にテストフェーズの統括を担当しました。このフェーズにおける最大の課題は、複数のベンダーと多様な部門間の調整でした。契約管理、代理店管理、共通基盤など、異なるチームが開発を担当しており、進捗状況や品質レベルにばらつきが生じていました。
テスト計画の策定では、各フェーズにおけるテスト内容、担当者、スケジュールを詳細に設定し、関係者全員の合意形成を図りました。テスト実施中は、日々の進捗管理と問題解決に尽力しました。テスト中に発生した不具合の原因究明と修正においては、各チーム間で責任の所在をめぐる議論が度々発生しましたが、技術的側面と業務要件の両面から問題を分析し、中立的な立場で解決策を提示することで、円滑な解決を導きました。
また、クライアント側の異なる部門間(例:契約管理部門と代理店管理部門)の意見対立にも直面しましたが、プロジェクト全体の目標を再確認し、妥協点を見出すための調整を行いました。これらの努力により、複雑な利害関係を調整しながら、テストフェーズを予定通りに進めることができました。
結果
プロジェクトは、当初の目標通り、品質(Quality)、コスト(Cost)、納期(Delivery)の全てを満たし、無事に完了しました。特筆すべき点として、大規模かつ複雑なプロジェクトであったにも関わらず、リリース後に重大な不具合が発生しなかったことが挙げられます。これは、厳格な品質管理と徹底的なテスト実施の成果と言えるでしょう。
プロジェクト成功の要因としては、強力なリーダーシップ、PMOチーム内の円滑な連携、そして関係者間で築かれた揺るぎない信頼関係が挙げられます。クライアント、ベンダー、そして全ての関係者から高い評価と感謝の言葉をいただきました。