背景
ある生命保険会社の資産運用部門で、”改革”と称し業務とシステムを多岐に渡り改修や追加、刷新することになり、複数の様々な 規模の プロジェクトが同時並行で動き出すことになりました。同部門では、これまでは保守を中心とした 開発プロジェクトがほとんどだったため、既存のマネジメント体制やルールでは、マルチベンダーによる複数の新規開発案件や大規模刷新案件等を同時並行で 進行・運営させることが難しい状況でした。例えば、 複雑な状況下でも運営させることが出来るだけの進捗管理や課題管理などの統一ルールや管理資料や成果物などの雛形が存在せず、案件毎に 異なる手法でタスク管理し報告 しているなど、マルチベンダーで複数プロジェクトをガバナンスをかけながら推進するためには、プロジェクトマネジメントのプロセスやルールの整備が十分とは言えない状況でした。
また、社内にも大規模案件や新規開発案件の推進を経験した人が不足していること、また、 過去に外部のコンサルタントを入れた際のトラブルにより、外部コンサルタントに対する 不信感が見受けられる状態でした 。
このため、私たちに求められる こと は、信頼を得て複数の大規模案件を同時並行で成功させることだけではなく、プロセスやルールの整備と並行で 、プロジェクトマネジメントの必要性の啓蒙活動や、それを実践するための社員教育も含め、組織のプロジェクトマネジメント能力を根本的に向上させることでした。
プロセス
信頼構築期のプロジェクト管理基盤整備と啓蒙活動
私がプロジェクトに参画したタイミングでは、すでに複数の案件が動き始めていましたが、各案件の状況の可視性は不十分だと言える状況下でした。当初は私に加え若手2名の計3名という少数精鋭体制で顧客側PMOとして着任しました。序盤最大の障壁は、過去のトラブルによる外部コンサルタントへの懐疑的な目と、プロジェクト管理ルールの制定や適用への拒否感でした。
初期段階では「コンサルなんて現場の作業をしてくれない」「そんなところに金をかけるなら現場の人員を増やしてほしい」という感情的な反発に直面しました。そこで、理論的なPMBOK知識をそのまま適用するのではなく、過去経験をベースに現場の負荷を最小化したWBS等の管理運用手法などを個別案件毎に進捗会議に参加し現在のやり方からどう良くなるのかを丁寧に説明し導入していきました。同時に、PMO側で抜け漏れチェックやリマインドなどの機械的作業を積極的に引き受け、現場の負担軽減をはかりました。また、「困ったことがあれば何でも相談してください」というスタンスで、契約範囲外の相談にも真摯に対応し、エモーショナルな面でも信頼関係構築に注力しました。
継続的な啓蒙活動や管理・推進支援により、WBS等の管理資料の導入・運営、管理レベルや報告粒度の均一化、会議の運営効率化などの基本的なプロジェクトマネジメントの態勢を確立することができました。結果として、現場の社員が自発的・積極的に我々PMOに相談してくれるような信頼関係を構築し、効果的なプロジェクトマネジメントを運営するに必要な組織の土台を作ることができたと思っています。
大規模チーム運営期の品質管理と進捗統制
要件定義以降では、ベンダー側50名、社内数十名という大規模なプロジェクト体制での全体推進を担いました。複数領域(インフラ、アプリ、テスト、移行)が同時に作業する中での、統合的なマネジメントができるかどうかが、最大の課題でした。
当初はベンダー側の作業品質にばらつきがあり、メール送付遅れ、議事録記載不備、チーム間の情報連携漏れなどが頻発していました。そこで、コミュニケーションルールの整備から開始し、各領域別の検討会議体を設定し、進捗報告・課題管理・要件定義内容のやり取りを標準化しました。品質向上のため、口頭だけでなく、文書においても改善指導を行うなどして、プロジェクト関係者間の緊張感を維持するような取り組みを行いました。
長期に渡るプロジェクトでの緊張感の維持というのは難しい側面がありましたが、リリースに至るまで定期的に改善指導を行うことで、プロジェクト品質を高水準で維持することができたと思います。結果として、オンスケでプロジェクトが進行できました。
管理ルール精緻化期のPDCAサイクル確立と負荷軽減
信頼関係構築後は、より高度なプロジェクト管理ルールの体系化と運用最適化に取り組みました。この時は、大規模マルチベンダー体制下での品質ばらつき防止が最大の課題でした。
最初は細かい管理ルールを網羅的に設定しようとしましたが、組織のプロジェクトマネジメントの理解や経験レベルに合わせて、品質を一定担保できるレベルを維持しつつ現実的に実運用が出来るレベルまで簡素化し、その浸透具合に応じて段階的に管理や品質レベルを引き上げる方針としました。重要だったことは、現場からの「この管理が負荷になっている」という声を積極的に収集し、ルール変更要求に対して真摯に検討することでした。例えば、重複感のある成果物チェックの統合、工程間での成果物の確定タイミングの分散化などにより、品質維持と生産性向上を両立させました。また、課題・リスクを上げることへの拒否感を解消するため、「課題報告は悪ではなく必要なマネジメント」という文化を根付かせることに注力しました。
しかし、PMOの信頼が高まるにつれ「JQさんが言うなら正解だろう」という思考停止状態になってしまうリスクもあったため、現場への十分な説明と意見交換を経た合意形成を必ず取りルール変更を行うなどして、我々個人の判断への依存を回避する仕組みを構築しました。
事業拡大期の組織横断展開と内製化推進
プロジェクトマネジメント態勢構築の成功により、当初3名だったチームが最終的に40名規模まで拡大し、資産運用部門以外への横展開が本格化しました。この段階での課題は、JQ独自の管理手法とカルチャーと目指すべき品質をプロパー以外の調達した協力会社メンバーにも理解してもらい浸透させることと、全メンバーが常にチャレンジ・成長できる環境を用意していくことでした。
組織拡大や参画する案件数の増加に伴い、案件推進だけでなく、より上流の年次計画策定や中期計画への参画機会を積極的に獲得しました。これにより、クライアントの将来計画にJQの視点を組み込み、より一層フィージビリティのある計画を練ることや、難度が高いと見込まれる、またはリスクを有する案件には弊社メンバを配置しリスク軽減を図り推進する計画を提案するなど、長期的なパートナーシップの構築と継続した成長機会の維持を両立することができました。
また、個々のメンバーのキャリアアップのため、従来の案件PMOだけでなく、より高度で戦略的な案件への参画機会を創出し、経験値向上を図りました。
協力会社メンバーについても、JQの看板を背負う以上は同じ品質基準で業務を行ってもらう必要があるため、定期的に全メンバーを対象とする内部定例会議の運営や個別の課題相談やキャリア構築まで含めた包括的なサポートに加え、会社間での隔たりを可能な限り無くすべく、各協力会社責任者とも相互改善に向けたコミュニケーションを密にとりWin-Winの関係が長く維持できるように努めています。
結果として、JQの管理手法をドキュメント化したプロジェクト管理ルールがこの生命保険会社の全社的なプロジェクト管理ルールのガイドの一つとして採用され、その他グループでも展開・利用も始まるという、大きな成果を実現することができました。
結果
当初のミッション通り、マルチベンダー案件群の成功とプロジェクトマネジメント組織の根本的改革を実現できたと思います。特筆すべきは、10年以上にわたる継続的なパートナーシップにより、単発案件の成功を超えて、クライアントの組織能力そのものを向上させることができたことです。これは信頼関係の段階的構築と、現場ニーズに基づく実践的なルール策定の成果といえます。
プロジェクトの成功要因として、以下の点が挙げられます。
- 段階的な信頼関係構築:感情的反発を理解し、一方通行にならないよう寄りそう姿勢を崩さず確実に信頼を積み重ねたこと。
- 現場視点での実践的ルール策定:理論やあるべき論ありきではなく現場の負荷軽減を重視し、PDCAでルールを継続改善したこと。
- 契約範囲を超えた包括的支援:困りごと全般への対応により、真のパートナーシップを構築したこと。
結果として、クライアント、協力会社、全関係者から継続的な信頼をいただき続けています。「柴田さんたちがいなければここまで来られなかった」という評価を、長期にわたり、受けることができたのは、プロジェクトマネジメントの専門家として最大の誇りです。このプロジェクトで構築した組織変革手法と長期パートナーシップモデルは、今後の類似プロジェクトにおいても大いに活かせる貴重な財産となりました。