「最後までやり切る覚悟の先に、心震わす解散がある」JQシニアマネージャー福本さんが語るPMの醍醐味

JQ NOTE PMの醍醐味
プロジェクトマネジメント会社「JQ」にて、シニアマネージャーとして大規模案件のプロジェクトマネジメント(以下PM)を担う福本さん。

新卒で外資系の大手コンサルティングファームに入社し、約12年間在籍。アプリ開発メンバーからキャリアを始め、プロマネとして保守案件、大規模案件へとステップを重ねてきました。

2021年にJQに参画以降も、モバイルオーダーアプリ開発、不動産会社の売買契約サポートシステム開発など、一貫してプロマネとしてプロジェクトをリードし続けています。

そんな福本さんが「やれて良かった」と振り返るのが、ある自治体の公営事業に関わるスマートフォンアプリの開発プロジェクトです。期間は2年以上、総額数十億円、最も人が増えた時期には約150名が関わる体制となりました。

今回はそのプロジェクトを振り返りながら、改めて福本さんにとってのPMの醍醐味とは何か?について紹介したいと思います。

監修者・ライター情報

福本 元

JQ プロジェクトマネジメント事業部 シニアマネージャー

2年以上・数十億円・最大150名と、自身過去最大規模のアプリ開発プロジェクト

私が担当したプロジェクトの中でも、特に印象に残っているのが、とある公営事業に関わるスマートフォンアプリの開発でした。発注元は自治体、そこから委託を受けた民間のサービスをベンダーが構築するという座組です。私はそのベンダー側のプロマネとして参加しました。

JQからの参画は私を含めて4名。私が全体のPMを担い、残る3名はPMOとして、いくつかに分かれた開発チームの運営管理をそれぞれ分担しました。私の上にはお客様側のプロジェクトオーナーがいるものの、プロジェクトを動かす実質的な責任は私が負う立場でした。

開発手法はウォーターフォール。要件定義とデザインから始まり、基本設計・詳細設計・開発・内部結合テスト・外部結合テスト・総合テスト・UATと、フェーズを順に踏んでいく進め方です。

ただ、正直に言えば、このプロジェクトは私にとって過去最大の規模、かつ私自身が本格的なエンドユーザー向けサービスアプリ開発を手がけるのは初めてでした。

新規サービスを開発する案件は、アイディアベースで進めることも多く、最初に決める要件や仕様がどうしても緩くなりがちです。より良いサービスを作ろうと、実際のデザインやモックをみて追加の要件や仕様の変更が頻繁に発生するなど、基幹システムのようにきっちり仕様を決めて設計、開発する流れでは進めづらいというところがあります。

ウォーターフォール開発を前提としつつも、数十億という規模の案件を、細かな調整を続けながら計画的に進めていくことに当初から難しさを感じていました。

「デザイン」「体制」「品質」と、立ちはだかった3つの壁

このプロジェクトの難しさは、大きく3つありました。

1つ目は、デザインがなかなか決まらなかったことです。このプロジェクトのデザイナーは、ラフスケッチをもとにデザインだけを起こすようなデザイナーではなく、いわゆるUI/UXデザイナーでした。

そのため、良いサービスにしたいという気持ちからか、当初想定していない変更がデザイナーからあがってくる、そしてデザイナーが他の案件と兼務していることもあり、デザインがなかなか決まらず、計画もどんどん後ろ倒しになりました。

本来はデザインを固めてから設計・開発へ進めたいのに、「いつまで待てるのか、どう取り込むのか」を常に考え続けなければなりませんでした。

2つ目は、体制上の問題です。設計工程は、本来それなりのスキルを持った人材が必要です。ところが、その人数もスキルも揃わない。そもそもアサインできる人が少ない、アサインできても兼務が多く、他の案件に引きずられ予定していた作業が終わらない、という状況でした。

そうした事情が重なり遅延も頻発しましたが、人的リソースの調整は私の権限の外にあって、思うように動かせませんでした。

3つ目は、品質です。度重なる追加要件、不足するリソース、それに伴う遅延と対処療法的なリカバリ、そのような状態の中で、プロダクトが良い品質に仕上がるというのは難しい、という状況でした。

結合テストやシステムテストの専門実施チームはいたものの、経験の浅いメンバーが多かったこともあり、テスト設計やデータ準備といった準備作業も十分に行えず、「網羅性が十分でないテスト準備」「予定通り進まないテスト進捗」「インプットが乏しく、妥当な判断が難しい品質評価」、この3つが重なってしまいました。

これらの状況が、後に自分の判断を大きく変えるきっかけにもなりました。

「自分がやるべきことだけはしっかり。あとはなるようになる」完遂のために、覚悟を決める

正直に言えば、感情的には本当に辛い局面でした。人に任せ、期待しなければ回らない規模なのに、期待してもなかなか応えてもらえない。

その板挟みの苦しさの中で、私はある時点で一度、吹っ切りました。「自分がやるべきことだけはしっかりやろう。あとはなるようになる」と。自分が思った通りに誰かがやってくれるだろうと期待し、手取り足取り細かく指示をしても、規模が大きすぎて全体を動かすことはできないし、時間ばかり取られてしまう。

それであれば、プロジェクトの実態整理や、リカバリに必要な案の検討や判断軸整理など、自チームだけできることに自分の時間を集中させ、その結果を気にすることをやめたのです。

まずやったことは、事実をそのまま伝えること。「このまま進むと、これだけの遅延が出ます」という現実から想定される未来を、決定権を持つ方にひたすら見せ続けました。

また、私たちは外から入っている立場です。同じことを言っても、私が言うより、社内で長くやってきて信頼されている人が言ったほうが通る場面がある。「もう無理です」と私が訴えても「いや、まだ早いだろう」となるところを、発言権のある別のメンバーに言ってもらうと、すっと通る。そういった力学をはじめ、伝え方、伝える内容、伝えるプロセスを徹底して、調整し続けました。

この判断が100%正しかったとは思いません。ただ、それ以降、デザインや体制の二つの問題は大きく前進しはじめました。

そして3つ目の品質については、QCDのバランスそのものを組み替えました。私はもともと基幹システム畑の人間で、品質を強く求めるタイプです。けれど、アプリは基幹システムと違い、ちょっとしたバグはユーザーが気づかないことも多い。

ならばと、Q(品質)よりD(納期)を優先する判断に切り替え、「絶対に直さなければならないもの」と「直さなくても問題ないもの」を仕分けていきました。

この経験から強く思うのは、信念は変えてはいけないけれど、自分のマネジメントスタイルには執着してはいけない、ということ。徹底した品質重視という自分の型ではなく、バランス型の品質管理をすることで、適切な形でプロジェクトを完遂させる。そのマインドチェンジができるかどうかが問われました。

支えになったのは、「逃げない・諦めない」という信念と、もう一つ、私がプロマネとして常に意識している習慣でした。それは「常に半年先、1年先を見る」ということです。

メンバーには1週間先を、リーダーには1〜3ヶ月先を見て動いてほしい。そしてPMである私は、半年から1年先を見ている。スケジュールを引いた段階で、「ここで問題が起きたら、こうなるだろう」という仮説を何通りも立てておくのです。

だから、最も噛み合わなかったテスト工程は、早い段階から「うまくいかない」ことは見えていました。「こうなったらこうする」「このタイミングで進まなかったら、これを捨てるしかない」など、口には出さずとも、頭の中で何パターンも想定していました。

実際、最後の局面で諦めざるを得ない部分の判断は、2ヶ月ほど前から織り込んでいたものです。炎上してから慌てるのではなく、「そうなったか、ではこうしよう」と動き続けられたのは、先を見て、想定されることを事前に考えられていたからだと思います。

解散の日に訪れた「これだけの仲間が、自分を信じてくれていた」と思えた出来事

2年以上、さまざまな困難を越えて、プロジェクトは最後までやり切り、アプリを世に出すことができました。では、完成した瞬間に「よっしゃー」と高ぶったかというと…正直なところ、一番に湧いてきたのは「安堵」でした。

実は、私が理想とするPMの終わり方は、「最後は暇になる」ことです。最後の1ヶ月くらい、自分がいなくても回る。むしろフェードアウトするくらいでちょうどいい。PMというのは、方針を示し、決断し、未来を見据える仕事です。だとすれば、プロジェクトの終盤には、本来もう示すべき方針も、下すべき決断も残っていないはず。

ずっと未来を見続けてきた先に、見るべき未来がなくなる。その状態にたどり着けたからこそ、最後まで活躍したり耐えたりするよりも、静かに「やり切った」と思えて、安堵できたのだと思います。

そしてもう一つ、私が「これこそPMの醍醐味だ」と感じた瞬間があります。それは、プロジェクトが解散するときでした

最後にご挨拶をさせていただいた場で、メンバーが集まってくれて、花束やプレゼントを渡してくれた。中には、少し涙ぐむような表情を見せてくれた人もいました。その光景を見て、ようやく「ああ、やれて良かった」と心から思えたのです。

PMという仕事は、ずっと責任を背負い、ある種、孤独との戦いを続けるものです。私は、PMたるもの孤独を受け入れる覚悟を持たなければいけないと思っています。けれど、その覚悟を抱えてやり切った最後に振り返ってみれば、実際にはみんなで助け合って乗り越えていた。

「これだけの仲間がいて、自分を信じてくれる人がいたんだ」

そう実感できたあの瞬間こそが、一番の醍醐味でした。「これは本当に、やれて良かったな」と思います。

打ち明けると、私は案件の内容やシステムそのものには、正直あまり興味がないのかもしれません。それよりも、一緒に働いた人が「成長できた」と感じてくれたり、「もう一度、福本さんと仕事がしたい」と思ってくれることに、何よりの喜びを感じるタイプです。

全員がそう思ってくれるわけではないし、私は割と厳しいほうだとも思います。それでも、何人かでもいい、その人の社会人人生の中で「苦しかったけれど、楽しかった」と振り返ってもらえたら、それが一番だと思っています。

ただ、この醍醐味は、やり切らなければ決して味わえません。しかも今回のように2年がかりともなると、たどり着くまでが本当に長い。途中でくじけたら、その瞬間に終わってしまう。それでも規模の大小に関わらず、1年以上のプロジェクトを一つ、最後までやり切る。

これを経験しないと、PMの醍醐味は分からないのだと思います。

働く仲間を大事にする、頼れる仲間がいるのがJQの良さ

JQに入った当初、私が抱いていたのは「個人事業のプロフェッショナルが集まった、プロ集団」という印象でした。一人ひとりがコンサル出身などのバックグラウンドを持ち、それぞれが独立して力を発揮するイメージです。

それがここ数年は、少し変わってきたように感じています。一緒に働く仲間を大事にしよう、一緒に成長を感じられるようにしよう、お客様も含めて「JQと仕事をして良かった」と思ってもらえるだけのオーナーシップを持とうとする、そうした空気が強まり、いい意味で「人間臭く」なってきたように思います。

そして、その中に身を置いたことは、私自身を人間として成長させてくれたと思います。もともと私は個人主義的で、飲み会もそれほど好まず、一人の時間が好きなタイプでした。それが、少しずつそうではなくなってきて、いい意味で居心地の良さを体感することが増えました。

また、JQには、助け合いの精神があると思います。私たちはお客様先に、限られた人数で入ることが多い。一つの会社で大人数が同じ仕事をするのとは違います。だからこそ、少人数のメンバー同士が良い関係でいないと、うまくいかない。自然と、お互いに頼り合うようになっていく。

お客様先にも良い方々はたくさんいます。それでも、本音を伝え合えるのは社内の仲間だと、その感覚があります。

どれだけしんどくても完遂を諦めず、前に進み続けることができるのは、JQの環境と仲間という存在が大きく影響しているのは確かです。

ご相談・お問い合わせ プロジェクトの要件が明確でなくても問題ございませんので、まずはお気軽にご相談ください。